TMC4月例会 2002年5月11日開催
静岡ホビーショーレポート 2002年5月18〜19日

徳模連隊奮戦ス!
第十三次静岡遠征作戦完了

お断り今回のTMC TOPICSは諸事情により例会報告と静岡遠征のレポートの合併となっています。いつもと少し形態が違いますので御了承願います。(管理人)
合同作品展での管理人のお気に入り作品の写真は
こちら


5月例会にて・・・
例年、静岡ホビーショーの会期が5月例会と重なるため、例会の日程は1週間繰り上げられる。そのことを今だに知らない会員も多いのは困りものだが、5月の例会は作品の鑑賞ならびに批評という通常例会とは違って、静岡遠征費用の集金、作戦要項伝達のための例会という性格が強い。ホビーショー用の作品も持込まれはするが、それ以上に資金の取り立てと、会長からの作戦開始命令が大きな事案である。今年もそうであった。今年の一人当りの分担金は15000円。斉藤会員が車を供出してくれることになり、レンタカー代金が節約され、ほんの少しだが経費が安くなった。会長の静岡作戦の作戦事項伝達はさすがに第13次にもなると、慣れも出始め、「例年どおりでいく」ただそれだけであった。この慣れから出た言葉が出撃当日、遠征隊に混乱をもたらすことになる。

徳模連隊出撃


5月17日夜、第13次静岡遠征作戦が開始された。
出撃基地は例年どうり、藍住基地である。ところが今回は出撃前からいきなり混乱した。遠征隊員に集合時刻が知らされていなかったのである。よくよく考えてみれば例会で集合時間は知らされなかった。出撃時刻は静岡までの経路の交通事情、隊員の都合等を考慮して毎年、設定しているのだが、今年はそのような集合時刻決定に関する命令がでなかったのである。おまけに今回はいつも先達を務める久保隊員が別行動ということで、残りの隊員も山上隊長以下、そのアバウトさには自信がある強者ばかりということも手伝って出撃当日になって「今夜、何時に集合かいな?」と言い出す始末であった。このような事情から集合は遅れに遅れ、ほぼ全員がそろったのは午後11時過ぎであった。特にドタキャンの黒チャンの異名を持つ黒上隊員にいたっては携帯電話にも出ず、またしてもドタキャンか?と他隊員が危惧するほど時間に遅れてやってきた。
写真:遅れてきた黒上隊員(私生活で支障の恐れがあるため目線をいれました)
とにかく、集合を完了し、午後11時半に出撃を開始した。各機の搭乗は以下の通りである。
1号機、斉藤上飛曹・吉本軍曹・前川一等整備兵・三好三等飛行兵(彼がなぜ三等なのかは前年のレポートを読まれたい)。2号機、山上大将・村上少佐・尾本軍属・高井二等兵・黒上先任伍長。

鳴門ICの手前で先行した1号機に2号機から無電連絡。「携帯電話、家に忘れたけん、ちょっとよっていくわ〜」
時間に遅れた黒上隊員が携帯電話を家に置き忘れてきたらしい。どうりでいくら電話しても出なかった訳だ。「吹田SAで待つとるけんの」1号機は「黒ちゃんの忘れモンにまで付き合えんわ」とばかりに一気に名神高速吹田SAまで先行した。
吹田SAでは数年前にもあったタイガース関連グッズ購入が行われた。当会もタイガースファンが多く存在し、今年はいけるで〜!いてまえ優勝じゃ。とばかりにグッズを買い漁ったのであった。
ここでの関連グッズのヒットはタイガースキティであった。斉藤隊員が娘さんの土産用にと購入したのだが。このことが静岡遠征の帰路、ちょっとしたキティフィーバーを1号車にもたらした(詳しくは後述)「ええで〜。タイガースキティは」などとわいわい騒いでいるとまたしても2号車から無電連絡。運転していた山上隊長が話に夢中になっていて吹田SAの入り口を見落としたとのこと。
「なにやっとんじゃ!あのおっさんは〜」1号車は急きょ変更された次の休息地、大津SAへと向かったのであった。
*編注 1号車では大カラオケ大会がもよされていたという。

嗚呼・・愛しのプルマンちゃん


大津で2号車と無事合流。軽く夜食を取った。その後、養老SA付近から記憶がほとんどない。連日の深夜までの労働と、徳島で32年ぶりにSLが運転され、趣味と実益を兼ねて回送から試運転までべったり張り付き、おまけに静岡への出発日はSLの本番運転初日ということで1番列車に添乗するため午前6時に起きたのが響いた。出発時から眠くてたまらなかったのだが、熟睡してしまったようだ。そのため前川隊員が工事規制の中、睡魔と戦いながらノロノロ運転を続けていたことなど、露程に知らず、浜名湖まで見事なほど記憶がとんでいる。
浜名湖から静岡までは一時間ほど。走っている内に目もどうにかさめ、7時半すぎ静岡到着。いつものデニーズでの朝食とあいなった。
毎年、朝食はデニーズであるが、ここでは他のクラブの方々とよくお目にかかる。会場近くにあるため、毎年、ホビーショーの間は静岡外の怪しい方言がとびかっている。
今年は、デニーズのウェイトレスさんがなんと外人さんであった。他のウェイトレスさんとは違うメリハリのあるボディはやはり目を引く。名札を見ると「ぷるまん」と書いてある。
お姉さんに関しては目ざとい当会会員ゆえ「名前からしてドイツ人とちがうか?」などとやかましいこと。極め付けは◯藤隊員が「御国はどちらですか?」と聞いたことだ。さすがナンパ師、好奇心の旺盛な氏らしい行動である。ぷるまん嬢の答は「ソ連」
ん?「ソ連ってか?ソ連はもうないだろ。ロシアじゃないのか?」ぷるまん嬢の答に一瞬、全員が目を見合わせた。「おおっ分かった。多分、彼女はロシアを日本語でいうとソ連と憶えとるにちがいない。彼女の年齢から見て、ソ連という言い方はおかしいで」それからもうやかましいこと。ウェイトレスの国籍で盛り上がっているのは端から見れば大笑いだが当人らは真剣である「名字はなんていうんやろか?ドイツ系ロシア人だったらプルマン・ガーランドとかの」「いや、プルマン・ディートリッヒちゃうか」こうなってくると阿呆の中年親父の集団である。
とにかく、このプルマン嬢に会いたくて翌日もデニーズに乱入。会長にいたってはレジ横で売っていたデニーズリカちゃん人形を買い込み「プルマンちゃん〜」となで回していた。
しかし、二日目にはみんなが口にするプルマン嬢の名前がプルルンだのプルプル等に変わっていた。この事実は、みんなの目がプルマン嬢の豊かな胸にいっていたことを物語っているのであった。
さあ、目の保養もしたことだし、合同作品展本番に突入である。
*写真はイメージです。プルマン嬢とは直接関係ありません。

合同展示会本番!各個目標ヲ撃破セヨ?

徳模連が合同作品展会場にて搬入作業を開始する頃には、他のクラブの展示準備はほとんど終わっていた。13年連続出場の老舗の強みというか、慣れもあって当方らの作業開始は8時30分頃からだった。15分ほどで展示終了。あとは開場を待つばかりである。
いつもなら本番前に展示ブースの見張りを決めるのだが、今回は無し。昨年のように奴隷を持つ身分でもなくなって、手の空いてる人が適当に見張るということになった。
9時の開場からしばらくは数人の連隊員がブースにいたが、一人消え、二人消えと最後には村上隊員ならびに吉本隊員が見張るのみとなった。
このあたりから、当報告を執筆しているY-asahiの記憶が怪しくなってくる。睡眠不足のため、初日はほとんどうつらうつらとしていた。齢40近くになってくると疲労の回復に時間がかかり、特に睡眠不足はまともにくる。時おりボォーッとした頭で他のブースなどものぞきにいったが、どこに何があったのか良く憶えていない状況であった。ただ、連隊長が自分のブースをほったらかしにして、ホイルナッツのブースに入り浸っていたこと。斉藤分隊士が富山雷鳥部隊ブースで若い娘を拉致せんがため奮闘したものの、当部隊を訪ねてきた押尾大先生に逆に連れ去られてしまったことを憶えているのみである。しかし、会場は大にぎわいであった。多くのお客様が入場して人の切れる事がなかった。至る所でモデラ−同士の話の輪ができ、国内最大のモデラーの交流の場になっていることを実感した。
*写真:若い娘を拉致せんとする斉藤分隊士



キティ狂躁曲!あるやつ全部買いまっせ!

合同展示会での当連隊の活動は例年どおり。メンバーはそれぞれ、懇意にしているクラブのブースに出向いたり、模型情報を交換したりして過ごした。
東京方面へ高井君と出向いていた尾本準会員も2日めから合流したが、ちょろちょろと会場をうろついている内に、買い出し隊に放っていかれた。買い出し隊が帰還する途中、急ぎ足でレインボーテンへむかう準会員を見かけたが、気付いているのに知らないふりをするなど「あいつなにドクレとんな=訳・彼、なにをいじけているのでしょうか?」と言われるほど、いつもながらのイジケぶりを見せていた。なんでも彼は、東京では東京初体験の高井君のおもりに明け暮れ、自分の行きたかった場所へはほとんどいけなかったそうである。そのためのストレスが相当、たまっていたようである。
わいわい騒ぐ内に合同展示会は終了した。わが連隊は一気に後片付けをすまし、帰路についた。



静岡へ向かう途中、大阪でタイガースキティを購入したことは前述したが、帰路、地域限定キティを片っ端から買い漁る連隊員の姿が目についた。
「こうなったら、見つけたやつ全部買うたる」斉藤分隊士の一言で地域限定キティの探索が始まったのである。そもそもは分隊士の娘さん用のおみやげであったのだが、地域限定の限定と言う言葉には男を熱くするものがあった。熱くなった男達を止められる者はいない・・・・。
茶摘みキティにはじまり、うなぎ、鵜飼、しゃちほこ、舞子etcよくぞこれだけあるなというぐらい各サービスエリアに立ち寄っては見つけたキティを買いこんだ。一体、全国には地域限定キティなるものはいかほどあるのであろうか?しかし、ええ歳をしたオッサンが「おおっ、ここにもあるぞ」と雄たけびをあげ、キティを買い漁る姿は、他からみれば阿呆そのものである。
車中は縫いぐるみ、キーホルダー、携帯ストラップ、ピンバッジなど模型よりもキティの数が多くなり、いったい静岡まで何をしにいったのか疑わしいくらいであった。

毎年、帰路に何かしでかす徳模連隊であるが、今年は何もなかった。なにかあったはずであるが記憶があやしくなりつつある。大笑いできるネタがあったように思うが・・・・・。
とにかく今年も無事、静岡遠征は終了した。
執筆者独白・またしても尻切れとんぼのレポートになってしまったなあ〜。やってしまった・・・。すみません

静岡レポート・了

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